リケジジョ。

自分らしく生きてみた

HSP高校生の事情② 〜コロナで爆破したよ〜

初めまして!リケジジョです!

 

今回は前回の紹介につづき、私がHSPと自覚する過程を書いていこう思います。

 

 

HSPって言葉を本格的に知ったのは今年の5月、コロナで休校になり、家にいることが多くなった頃です。

 

ピアノの音、家族の喋り声、ドアの閉める音、

テレビの音、、勉強に集中できないじゃないか!うるさ〜〜い!!!!と爆発し、私と父だけが祖父が持っているマンションへ行き一時的な別居となりました。

 

案外楽しかったですね。。

 

 

後日、私が生きづらいと考えていること、

母と上手くコミュニケーションが取れないこと、小さい時の記憶を鮮明にたくさん覚えていること、私だけ他の兄弟よりも劣っていると考えてしまうこと、などを父と姉、妹に初めて打ち明けました。

 

 

その時の父の言葉で、今でも覚えているのは

 

"自分で自分を苦しめようとするな"

 

"遠くに行けばいい、

誰も知らんところに行って住めばいい、

自分の居場所がどこなんか、わかるから"

 

です。その時は辛い辛い辛いモードでしたので

自分で苦しめてるわけないでしょ!!!と思いましたが俯瞰してみるとたしかに自分で自分を苦しめてましたね。

 

嫌なことから逃げてもいいという考えはなかったので私の目標はその日から

 

"自分の居場所を自分の手で見つけにいく"

になりました。

 

 

 

そんなこんなで工事用の耳栓を応急処置として買ってもらい、自粛期間を乗り越えました。

 

工事用の耳栓は頭の締め付けがすごいです。

あんまりお勧めはしません!

 

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

起承転結できてますかね?笑

 

この時はまだ誰にもHSPかもしれないという

ことは言っていません。

 

 

 

 

また読みたいなと思っていただける文章、

書けるようになりたいな💫